片隅のユートピア

野鳥を愛するシングルシニアの雑記帳

スカスカの街が好き

先週、兄からメールが届いた。東京の実家を売りに出すという。東京に戻る気がないことを最終的に確認するメールだった。

築50年と古いけれど、実家の状態は悪くなかった。大規模なリフォームを2回施し、今年の1月まで母が住んでいた。

間取りは4DK。一人暮らしには十分過ぎる広さだ。床暖房があるので冬でも暖かい。隙間風が入る我が家よりもはるかに快適な環境だった。

イトーヨーカドーにも歩いて行ける。最寄り駅まで徒歩6分。近くにはカワセミが棲むきれいな川も流れている。

子供の頃から20年近く住んだ家だった。無くなるのは正直さみしい。だからといって、今さら東京に住みたいとは思わない。

上京するたびに人の多さにゲンナリしていた。人混みに身を置くだけで疲れてしまう。1週間もいるともう十分という気になった。

昨年末に沖縄から鹿児島へ引っ越した。亜熱帯から温帯へと気候区分は変わったけれど、2つのホームタウンには共通するユルさがあった。街がスカスカなのだ。

空き地があちこちに広がり、草がボーボーに伸びている。目を上げると低い山並みが見渡せる。ポワーンと弛緩した空気が街全体に漂う。道を歩いても出会う人は少ない。たまに人と会うと、どちらともなく会釈を交わす。

過密な東京から戻ると、スカスカのユルい街こそが自分の求めるホームタウンなのだと思う。ユルい空気につつまれてはじめて深々と呼吸ができる。そんなふうに生まれついているのだろう。

沖縄のように暖かくはないけれど、新たなホームタウンの指宿も南国情緒にあふれている。道路にはヤシの木が並び、ハイビスカスやブーゲンビリアといった熱帯系の花々があちこちに咲いている。

こうした南国風の花や植物もユルい街の雰囲気づくりに貢献している。物件の視察で初めて指宿に来たとき、沖縄を思わせるエキゾチックな花々を目にして嬉しくなった。「沖縄みたいな街」という印象が移住を後押ししたことは疑いない。

海の存在も大きい。沖縄ほどきれいなビーチではないけれど、野鳥をはじめ生き物には事欠かない。浜辺で波の打ち寄せる音を聞いていると、心がじんわりと落ち着くのを感じる。自宅が海の近くで良かったとしみじみ思う。

東京に戻るという選択肢はいっさい無かった。ほどよく過疎で豊かな自然が感じられる場所。自分の居場所はそこにしかない。

売ったら帰る家がなくなるので老後のことも考えて決めてほしい。兄のメールにはそう書いてあった。実家は売って構わないとメールで兄に伝えた。数日後、もう後戻りはできないので重々承知してほしいと書かれた返信メールが届いた。

よくわかっているよ、兄ちゃん。俺が帰る家はスカスカのユルい街にある。そんな街にしか住めないんだよ。

名護のビーチは夕陽がきれいだった。指宿の浜は朝日が映える