老化は鈍化。60代半ばを迎えてそう実感するようになった。五感の衰えもそのひとつ。手足をぶつけたときの痛みも一呼吸遅れてやってくる。血が出なくて良かったと喜んでいたら、あとからじんわり滲んできたりする。血のめぐりが悪いのだろう。
その一方で、鈍化が転じて福となることも。若い頃にさんざん苦しめられた過敏性腸症候群(IBS)の症状が治まったのだ。
過敏で扱いにくい腸だった。腹痛を伴う下痢にたびたび襲われた。アルコールやコーヒーといった刺激物が原因で起きることもあったが、食品との因果関係は必ずしもはっきりしなかった。
便意は突然やってくる。もしものときに備えて急行や快速ではなく各駅停車に乗ったりもした。駅のトイレや公衆便所についてもおのずと詳しくなった。
QOLの低下を招くIBSから解放されたこと。自分にとって、それは老化がもたらす最大の恩恵だった。朝、立派なウンコが出てくれさえすれば、たいていの老化現象には目をつむれる気がした。
とはいえ、腸が弱いという体質は変わっていない。回数は大幅に減ったとはいえ、今でも下痢はする。
何が下痢を引き起こすのか。原因を探っていると、ある食べものに行き着いた。パンとヨーグルトだ。
腹具合が悪くなったときは、その直前または前日にパンやヨーグルトを食べていた気がする。いつも必ずというわけではないにしろ・・・
パンの原料である小麦にはグルテンというタンパク質が含まれている。腸の免疫システムがグルテンを異物と判断し、過剰に反応することで炎症を引き起こすことがある。これがグルテン過敏症だ。
乳製品のヨーグルトはカゼインというタンパク質を含んでいる。このカゼインも腸の粘膜を傷つけることがあるらしい。腸に良かれと毎日食べていたヨーグルトが真逆に作用していたかもしれないと知って唖然呆然意気消沈。
グルテンとカゼインは腹痛や下痢だけでなく、慢性的な疲労感、集中力の低下、さらには鼻炎も引き起こすという。いずれも思い当たる症状ばかりだ。
これはもうグルテン&カゼインフリーを試すしかない。とはいえ、日々の食事から100パーセント排除するのは難しい。少量であれば目をつぶることにした。
たとえば、昼食で毎日食べている蕎麦。十割蕎麦ではないので小麦も使われているが、量が少ないので大目に見ることにした。その代わり、パンはいっさい買わない。ラーメン、うどん、パスタも食べない。ヨーグルトとチーズも冷蔵庫からお引き取り願った。
グルテン&カゼインフリーを始めて1カ月が過ぎた。今のところ腸の調子はよい。一度だけお腹が緩くなったことがあるけれど、コンビニの菓子パンを食べたあとだった。この一件でグルテン犯人説の確信はいっそう強まった。
さらに言えば、過去の過敏性腸症候群でもグルテンやカゼインが関与していた可能性がある。当時はストレスが原因だと考えて自律訓練法に励んでいたのだが。
体が必要とする栄養素を考えて足りないものを食品やサプリで補給する。そうやって食生活の改善を図ってきた。
目の付けどころが間違っていたのかもしれない。毎日の暮らしに欠かせないものとして無自覚に受け入れてきた食品にこそ目を光らせるべきだった。
31歳でタバコをやめた。還暦を過ぎると酒もほとんど飲まなくなった。そして今、小麦と乳製品を抜く生活を始めた。
人生は引き算。そんな言葉が胃の腑に落ちる。これも老いの恩恵なのかもしれない。