優れた小説とは何だろう。頭に浮かんだのは「豊かさ」だった。多様な解釈が成り立つ作品は奥深い。宮島未奈の最新作「成瀬は都を駆け抜ける」もまた、さまざまに読み解くことができる重層的な作品だ(以下、一部ネタバレあり)。
成瀬シリーズの第1作「成瀬は天下を取りにいく」、第2作「成瀬は信じた道をいく」はいずれも滋賀県大津市が舞台。第3作の本作では京都が主な舞台となっている。京大生になった成瀬は、新たな出会いを重ねて人脈を築いていく。
成瀬シリーズには実在する学校や企業、商品などの名前がバンバン登場する。それゆえ、ご当地小説と解釈することもできるだろう。
作品にゆかりのある場所を訪れる「聖地巡礼」も盛んに行われている。地元のびわ湖大津観光協会は「成瀬あかりシリーズ舞台探訪MAP」を作成している。第2作で成瀬は「びわ湖大津観光大使」に任命されるが、この成瀬三部作そのものが大津市のPRに大きく貢献していることは間違いない。
成瀬シリーズの人気は、主人公の特異なキャラに負うところが大きい。この成瀬のキャラは、ASD(自閉スペクトラム症)の特性と重なる部分が多い。
たとえば、話し方が独特で喜怒哀楽の表情が乏しい。こだわりが強く、自分のルールを守り通そうとする。
こうしたASDの特性が他者に良い影響を及ぼすこともある。成瀬シリーズは、ASDが持つプラスの側面に光を当てた作品と見なすこともできるだろう。
成瀬は孤立を恐れない。他人にどう思われようが気にしない、自分がやりたいように行動する。成瀬と知り合った京大生の坪井さくらは、そんな成瀬を自由だと思う。成瀬の生き方に触発された彼女は、あるべき自分の姿を取り戻していく。
成瀬には、一般的なASDの特性とは相容れない要素もある。それは、他者に共感できること。困っている者がいれば救いの手を差し伸べる。他者に開かれた自閉症者。成瀬あかりの魅力の源泉はここにあるのかもしれない。
最終章で成瀬は東京から島崎を呼び寄せる。島崎がいないと成瀬シリーズは収まりがつかない。2人は幼なじみで仲がよい。中学生のときに漫才コンビ「ゼゼカラ」を結成し、2人でいろいろなことに挑んできた。
その固い絆で結ばれた2人の間に特別な感情が芽生えても不思議はない。惹かれ合う2人の関係性に百合的な要素を見いだすこともできるだろう。
失恋の傷が癒えない坪井さくらに対して、成瀬は島崎への心情を次のように吐露している。
「近所で似た後ろ姿を見てはっとしたあとに、ここにいるはずがないって認識する。あの瞬間が寂しいな」
「島崎のことになると弱いんだ」と告げられた坪井は、変人で近寄りがたいと思っていた成瀬に親近感を覚える。成瀬の言葉に島崎への切ない想いを感じたからだ。
一方の島崎は、びわ湖大津観光大使で成瀬とペアを組んだ篠原かれんに嫉妬する。篠原の記憶の中に自分が知らない成瀬がいることを知り、胸がきゅっとなる。
そして迎えたエンディング。成瀬が浮かべた表情を見て、島崎は思わず泣きそうになる。成瀬にとって自分が特別な存在であることを確信するサインをそこに読み取ったからだ。物語のラストで言葉を交わす2人は、永遠の愛を誓い合う恋人同士のようだ。
「成瀬は都を駆け抜ける」で成瀬シリーズは完結するらしい。何年かしたら続編がまた出そうな気もする。「あの成瀬あかりが帰ってきた」という帯のキャッチコピーが目に浮かぶ。
その一方で、これで終わるのもありかもしれないと思った。それほど、心にじんわりと染みる秀逸なラストシーンだった。
早く読みたかったので予約したら、思いのほか早く借りられた