これまでに経験したことがない大雨や暴風。家が倒壊するレベルの最大瞬間風速。身がすくむような脅し文句を唱えながら、台風10号「サンサン」はジワジワと襲いかかり、ノロノロと去っていった。
台風が襲来した8月28日の朝、庭のカヤックを家の中に入れた。ワイヤーでブロックをくくりつけていても暴風で飛ばされるかもしれない。そう思うと恐くなった。
夕方からしだいに風雨が強くなる。不安で胃が痛くなった。精神的なストレスで胃痛になるなんて何年ぶりだろう。
夜になると、風が吹き荒れる悲鳴のような音が大きくなった。押し入れの荷物を出して空きスペースを作る。いよいよヤバくなったらここに隠れようと思った。
簡単な夕食を済ませて早めに床に就く。台風が襲来したときに沖縄でいつもしていたように耳栓をつけた。
風の音はだいぶ和らいだが、暴風でたびたび家が揺れる。台風の被害が気になって眠れない。すこし寝ては起き出して異常がないか家の中を見てまわる。そんなことを繰り返しているうちに夜が明けた。
台風は最接近しているはずなのに、思ったほど風雨は強くない。すでにピークは過ぎている感じだった。そのまま勢いを増すことなく、ゆっくりと台風は離れていった。
風雨が収まったので、外に出て自宅と車に被害がないか確認した。庇の波板がはがれそうになっている。それが唯一の被害だった。やれやれと安堵の息をもらす。
心配したほどではなかった。去年の台風「カーヌン」とたいして変わらない。それが正直な感想だった。台風の被害を知らせるニュースに接して、この印象は塗り替えられることになる。
指宿から40キロほど離れた枕崎市では、建物が破損するなど多くの被害が出ていた。「生きた心地がしなかった」、「今までの台風とは全然ちがっていた」とインタビューで答える住民もいた。過去最強クラスというのは嘘ではなかったらしい。
自宅では免れた停電も南薩地域で広く発生していた。8月31日の夕方になっても、南さつま市、枕崎市、南九州市、指宿市の計22,140戸で停電は続いていた。
指宿の魚見岳でもサンサンの威力を目の当たりにした。山頂付近の風通しのよい場所では、大きな木が何本も根こそぎ倒れていた。
自宅が軽微な被害で済んだのは、集落の中に家があるせいかもしれない。周りの建物や塀、植木などが風の勢いを弱めてくれたのだろう。そう思うと、自分が住む集落に感謝したくなった。
今回の台風では感謝したいことがもうひとつあった。それは、台風の接近を知った友人たちが心配してメールをくれたこと。どれも胸に染みるメッセージだった。異郷に暮らす独居老人にサンサンがスポットライトを当ててくれた。そんな気がした。
家に入れたカヤック。間近で眺めていたら沖縄の海を漕ぎ回った記憶が蘇り、愛着がこみあげてきた